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by matsumo54
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---p-2---森山大道写真展
イムズのアルティアムで開催中の森山大道写真展に行った。

詳細は
会期:2007年10月26日(金)〜11月25日(日)
休館日:11月20日(火)
入場料:一般400円(300円)、学生300円(200円)
※()は前売料金/チケットぴあ再入場可、中学生以下無料



写真家って何のために写真を撮るのかってよく考える。

観光地とかで写真を撮って、「ほらほら、ここに行ってきたんよ」とか「ほら、この写真の建物ってテレビとかで見たことあるでしょ」とか、なんとか、そういうことをするために撮ってるわけではないと思う。

何かを表現したいんだと思う。何か?

そんで、「僕はこれこれこういうことを表現したいから、こういう構図の写真を撮るんだ」って言って撮る写真家は、まあ、いるかもしれないけど、そこから更に「この要素がアレを表現してて、あの要素はああいうことを表現してるんだ」って、いちいち言葉で説明できることを表現しようとしている人って、あんまりいないんじゃないかなって思う。

森山さんに至っては日常に現れてきた風景を、その一瞬一瞬で何かを感じとったシーンを瞬間的に撮るみたいな手法をとっている。(そうでない作品もいくつかあるけど。)んで、その何かは「あー、あの看板、何か面白いなー」とか「なんか、あの人達のポーズ、ウケる」とか、言葉を伴うものはあるのかもしれないけど、「こういうことが表現したいんだ」の部分の言葉はあんまりないと思う。

だから、言葉では、説明できない“何か”を表現しようとしてるんだと思う。
なんていうか、自分の中にある「ほら、あれよ、なんていうか、ほら、なんかさぁ」みたいな言葉で言い表せないもどかしい部分を、写真に託してるんだと思う。

そのもどかしさのようなものが魅力だと思う。



だから僕が思うのは、人の写真を見て、その手法みたいなテクトニカルなこととか、カメラワークみたいなテクニカルな部分を分析して批評するのは必要なこと。ただ、その写真を見て、「ああ、この写真はこういうことを表現してるんだな」みたいなことを言葉で理解してしまうことは実際のところ、作品の魅力を矮小してしまうんじゃないかっていうこと。

もちろん、環境問題とか平和とか家族愛とかそういうテーマ性の強いものはある。けどそういうものも、結局はテーマに対して言葉にならない何かを表現したいから写真っていうものを使うんだと思う。言葉で全て完結できるなら、文字とか音声だけでいいはずだから。

言葉にできないということは、ひどく不安なものだと思うけど、人間の世界の言葉にならない部分を担当するのが芸術の役割だと思うから、芸術を言語化することは、ちょっと違うんじゃないか。僕はそう思っています。


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by matsumo54 | 2007-11-08 02:56 | P
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