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by matsumo54
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アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス・ダウンタウン

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ロサンゼルス現代美術館 (Museum of Contemporary Art, Los Angeles、通称MOCA)/設計:磯崎新

展示の入れ替え中で、ミュージアムショップにしか入れなかった。

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ウォルトディズニーコンサートホール(WALT DISNEY CONCERT HALL)/設計:フランク・O・ゲーリー(Frank Owen Gehry)

ゲーリーはなんだかんだ言って、よい空間を作る能力があると思います。ただ、資本と結びつきすぎた、社会的な影響に関しては議論の必要があると思います。内部の写真は、いつかアップします。

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カルトランス第7地区本社(Caltrans District 7 Headquarters)/設計:モーフォシス(Morphosis)

大都市のど真ん中でこんなオフィスをつくれるのは、ロサンゼルスくらいだと思う。(もしかしたら日本も?)

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聖母マリア・カテドラル(Cathedral of Our Lady of the Angels)/設計:ラファエル・モネオ(José Rafael Moneo Vallés)

日曜日に行ったので、ミサに参加してきました。


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もちろんダウンタウンには、小さな店が軒を連ねる、歩いて楽しい(一歩間違えば危ない)地区もあります。
今回は、ダウンタウンのもう一つの顔というか、ヒューマンなスケールを明らかに意図していない、車によって人間との関係が可能になる都市空間構造の地区をピックアップしてます。
僕はこの日、歩いてこれらの、いわゆる名所を回ったので疲れました。名所と名所の間は何もない、人もいないので、退屈でした。車での移動を前提とした景観です。
一つ一つの名所は素晴らしいものです。ただ、それらは都市にあるにしては唐突すぎます。独立しています。孤立しています。

ロサンゼルスという街を非難しているわけではありません。機会があればまた行きたいくらいです。この街を訪れて、都市のあり方、都市と人間の関係のあり方はどういうものであり得るのか、という問いに対して、新しい解答を見出したくらいです。

ですが、やはり、都市のあり方、都市と人間の関係のあり方はどういうものであるべきなのかということに関しては、この街の都市モデルをそのまま踏襲するのは危ういのではないかという風にも考えています。そういう意味で、ロサンゼルスという街を安易に非難するだけではなく、批評的な視点を持って批判していくことが大切ではないかと思います。
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by matsumo54 | 2007-12-15 03:21 | T
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c0095965_2364024.jpgサン・ミニアート・アル・モンテ教会。

フィレンツェの街から南の丘の上に、変なファサードの教会が見える。人の顔みたいに見えて仕方がない。
とりあえず、行ってみた。
着いたのは夕方で、大理石(たぶん)のファサードの装飾に夕日が反射して、とてもきれいだった。
c0095965_2581362.jpgc0095965_330251.jpg内部に入る。

フィレンツェの大聖堂やフランスなんかのゴシックの教会のようにヴォールトによって建築の要素がドロドロに溶け合う、ある種、人間の理性を超越するような空間とは印象が違った。
床、柱、壁、梁、屋根などの建築要素は全て明確にその存在意義を主張しながら、構成されている。非常に知的な空間に思えた。

例えば、フィレンツェの大聖堂などでは、その人智を超えた空間の中に、人は神の偉大さにただただ畏敬し、その感動の中に信仰を見出す(ことを目的としている)としたら、サン・ミニアート・アル・モンテ教会においては、人は神に感謝し、人の知恵によって神と対話し、思想に耽ることで信仰を見出すような知的な意志が感じられると思った。

完全に、僕の勝手な解釈なので、いろんな議論はあると思う。

ただ、どちらの場合にしても、それぞれの社会の要請に応えることで創られた、それぞれ信仰のために必要な空間であったということだろう。求められるものが変化すると、空間も変化できる。これこそが建築の素晴らしいことだと思う。


それと、優れた建築は、素晴らしい自然と同じくらい、あるいはそれ以上に、人間の理性をコントロールすると思う。
そういった意味では、建築や自然といったものは、明らかに現実の産物でありながらも、そのそれらが人間に与えようとするものは、限りなく抽象的な世界だと感じた。
c0095965_1492716.jpgサン・ミニアート・アル・モンテ教会に関して、詳しいことはわからなかった。
11世紀から13世紀までの間に建設されたらしい。設計者はわかりませんでした。

様式的には、トスカーナロマネスク様式。この時代のトスカーナ地方の人々は、ゴシック建築を野蛮なものとみなし、なかなかそのエッセンスを取り入れようとはしなかった。それゆえに、初期キリスト教におけるバシリカ形式の構成を伝統的に用いていた。内部は単純な化粧小屋組による素朴な空間。それに対し、前面ファサードの装飾は内部の空間構成原理とはほとんど切り離されての構成となっている。このへんが、サン・ミニアート・アル・モンテ教会の時代。

その後、ゴシック様式は徐々にロマネスク建築の中にその建築的要素を取り入れられることによって、フィレンツェの大聖堂や、有名なサンタ・マリア・ノッヴェラ教会などが誕生することになる。

簡単にいうと、そういう歴史の流れのようです。
c0095965_14321088.jpg柱と、アーチ型で組まれた垂れ壁によって空間の分節がはっきりしている。

小屋組の材には鮮やかな装飾が施されている。

窓は小さい。


もっと歴史が知りたいと思う。僕はキリスト教への信仰がないから、その精神によって空間を理解することができない。素晴らしいなあ、と感じても、それは本質的なところでは正しい理解であったとしても、詳細においてとんちんかんな理解かもしれないからだ。
歴史を知ることによって、主観的には空間を理解できないかもしれないが、少なくとも客観的には理解できるようになると思う。
それは、とてもエキサイティングなことだと思う。
c0095965_14435652.jpg教会の一番奥は、半地下と中二階の二層構成になっている。
半地下部分は、ヴォールトによる多柱空間。光は入ってこず、異常なまでに静寂な空間。

歴史というものは一筋縄では理解できないものだと思う。
それがまた、面白い。
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by matsumo54 | 2007-11-27 14:50 | T
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c0095965_211416.jpgイタリア、フィレンツェ。
ミケランジェロ公園から眺める。
写真左側の大きなドームはフィレンツェの大聖堂。
オレンジの情熱的なおばちゃんは関西語を話していた。
c0095965_21574.jpgフィレンツェの大聖堂。サンタ・マリア・デル・フィオーレ
とにかく人が多い。
c0095965_216560.jpgそして果てしなく大きい。
c0095965_2182094.jpgルネサンス期の建築家ブルネレッスキによる設計。
交差式のリヴ・ヴォールトの身廊、側廊空間の奥に、あまりにも巨大なクーポラを出現させる、感動的な空間。

この大クーポラ(ドーム)の構造は、二重殻構造といったもので、ブルネレッスキはこの革新的なテクノロジーの開発者として一躍名を馳せた。らしい。

クーポラの内部には、一面にキリスト教絵画が描かれている。
建築家(技術と芸術)と権力と経済力と宗教が結びつくことで誕生した、奇跡の空間と思った。
c0095965_21243122.jpgちなみにクーポラは上まで登れる。
下を見下ろすと、人が蟻のようで、ちょっと笑える。

信仰心はないが、いや、ないからこそ、こんな神聖な場所にズカズカと足を踏み入れていいのだろうか…と思ったりもした。
でも好奇心の方が勝る。
c0095965_21303093.jpg更に登ると、外に出ることができる。
フィレンツェの町並を眺める。圧巻。

ちなみに、小説「冷静と情熱の間」で、このクーポラに登っていたシーンが感動的だったので一度登ってみたかった。
映画化されたときの映像は、夕焼けですごくきれいな場所だと思っていたが、変な落書きが多くて面白かった。

落書きは、多くがアジア語圏の言語による、“誰々参上”的なものとか相合い傘みたいのとか。説教でもしたいものだが、ああいう落書きが1000年後とかに発見されたら、それはそれで文化的に意義があることのようにも感じた。


ちなみに、ヨーロッパの至る所に溢れるいわゆるグラフィティは、よく観察してみると場をわきまえて、宗教施設とかには決して描かれていない。描いたけど消されてるとか単にリスクが高いとかってことかもしれないけど。
c0095965_21491895.jpg街中では、パフォーマンス的な感じで絵を描いてた。たぶん観光戦略の一貫だと思う。
c0095965_2221531.jpg結局、有名絵画のレプリカ。


大聖堂は観光地化しているとはいえ、素晴らしい空間であることには間違いない。どギツイ感じはするが、たぶんそれは僕がキリスト教的な精神を理解していないことにもよると思う。

とはいえ、フィレンツェにはこの他にも、素晴らしい教会があった。キリスト教に対する精神も、時代や身分、状況によって様々だということだと思う。

次回はその教会について感じたことを書きたい。
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by matsumo54 | 2007-11-18 22:12 | T