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by matsumo54
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パレ・ロワイヤル(Palais Royal)


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ノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris)


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セーヌ川


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夜景



パリはイタリアとかほど、イメージ重視的な観光戦略は極端じゃないようだった。それだけに一言で表すことはできないが、成熟した都市といったら安易かもしれないけど、なんというか良くも悪くも複雑な都市のシステムというか、利害関係とか、人間心理とかいろいろがうずまいているような、なんかよくわからない感じが結構好きだった。別にイタリアが全て単純という気は全くないけど。ま、もしかしたらダヴィンチコードとかの影響かもしれませんが笑



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by matsumo54 | 2008-02-29 02:30 | P
---a-4---建築することについて2
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最近建築って何が楽しいのかなーってよくわからなくなるときがあるから、自分の考えを少し分析してみたいと思います。




僕が建築をするなかで面白いなと考えているのは、自分が得た、いろいろな知識とか考えてることを、フィードバックさせてモノとして1つに統合することができること。


これはモノづくり全てに言えることではあるのかも。



どういうことかというと、例えば、建築であれば、使いやすくて丈夫で気持ちよくて…とかいろいろ達成するべきことはあるけど、その他にも、経済のこととか、哲学のこととか、社会のこととか、人生のこととか、環境のこととか、かっこいいかどうかとか、そういうのを意識しつつ設計するのは自由だということ。

そして僕は最近、その辺のある意味では付加的な部分にかなりワクワクしたりします。完全に僕のモチベーションの問題だけど。



あと、なんというか、ただの物知りになりたくないって意識が常にあるからだと思う。知識はひけらかすためじゃなくて、使うために持っていたいなと思ってる。
まあ、あくまでこれも僕のモチベーション的な問題です。ひたすら知識を蓄えたり探求する人ってのはすごく重要だと思います。




そういうことを考えていくと、建築じゃなくてもいいわけです。
けど今は、僕は他の分野より、建築の知識を多く持っているので、建築をやるのが一番楽しいような気がします。
同時に、他分野の知識や技術を持ってる人と一緒の土俵で仕事をやることができたらすごく楽しいと思う。し、それがすごく大切なことのような気がします。


そういうわけで、僕は、建築のプロフェッショナルとして他分野のプロフェッショナルと胸を張って肩を並べれるように、知識と技術を貪欲に手に入れていきたいなと改めて思いました。

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by matsumo54 | 2008-02-26 06:31 | A
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ボート


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ボート


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54号



船は苦手だから、今までできるだけ乗らないようにしてたけど54号だったから記念に乗ってみた。運河程度なら大丈夫だろうと思ったけど、意識しすぎて具合悪くなった。

この後行ったベネチアでもひたすら船に乗ったけど、あんまりいい乗り物ではないと思う。外の風とかは気持ちいいと思ったけど。いつか大人になったら船が好きになりますように


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by matsumo54 | 2008-02-24 00:28 | P
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工事中


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ゴミ箱?


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ゴミ箱?


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山が無い!!当たり前だけど。
地平線をかろうじて建物が隠している。すごい風景だと改めて思った。

ちなみにオランダ2週間滞在したけど、青空だったのはたぶん合計で4日間くらい。
曇りでもちゃんと写真が撮れるように勉強しなくてはと感じました。
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by matsumo54 | 2008-02-22 04:10 | P
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落書き


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落書き


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写真


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写真


どこでもいいからブラブラ歩きたいー
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by matsumo54 | 2008-02-21 01:51 | P
---a-3---建築することについて
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家の前のバス停。高校生のときは毎朝7:00のバスをここで待ってた。

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中学校。裏庭の窮屈な空間がお気に入りだった。


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上の写真の向こう側から。今見てみると、西沢大良的な屋根の光がキレイ。笑


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非常階段。一階と二階の間の踊り場がちょうどいい高さで好きだった。


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卒業設計で、誰かの街を完全に解体してみて思ったこと。誰かにとっての思い出の風景を消し去ってしまうのは残酷なことの1つだなということ。

ただ、残酷だから即悪いという安易な考えはしたくない。だからといってむやみやたらに残酷なのが正しいわけではないけど。


現代社会で建築を行うことは、何らかの残酷さを引き受けることである。ということがわかった。建築をすることはそういう自分の残酷さと常に向き合う行為だと思う。

そして近代以降の(あるいはそれ以前も?)建築家は、建築という残酷な行為に、それに見合う価値をどこからか引っ張りだしてくることで、自分の救済をする。たとえ元を正せば根拠の無い意味であっても、そうでもしなければ、たぶん発狂すると思う。


そういうことを考えたが、今すぐどうしようという考えは全く見当たらない。というか、どうこうすべきなのかすらわからない。

ただ、建築をこれから続けるなら、自分を救済するためのボキャブラリーをとりあえず手に入れなければならないなー、ということは、ヒシヒシと感じる。

幸いにも、僕はまだ残酷な行為を行使するにはまだまだ年月があるようだし、じっくり蓄えていこうと思う。


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by matsumo54 | 2008-02-20 04:58 | A